ただいま建設中(ラオス式に中断?)


 (ラオスの家/My new house in Laos)



Report-11

20.FEB.2012

1年もたったのに年金では大金は入手できず、工事は中断のままである。
僅かに水道は水圧が足らないのでポンプを設置した位である。




Report-10

05.FEB.2011

私も何とか内部のペンキを仕上げたところで建設資金が途切れ、2010 11月で工事は中断。
そこでラオス方式に転換「金ができたら徐々仕上げていくラオス標準方式に戻りました。」

次の工事は私の年金の満期2011-06を待って仕上げに入っていく予定です。



Living1(床はタイルまで行かず、ビニール敷)
これで一応住めるので、現在の住居としている。

白ペンキで仕上げた書斎で、ゲームをする2男 龍。
PCの後ろに無線機がある。

書斎-2 完成 
右は中古で$100のPC.

Living



日本でも高い藤の椅子、15年前4点setで$600.(公務員の給料$40の時)


バスルーム
温水シャワーと自動洗濯機がある。




実は12月に急遽アマチュア無線の免許が下りたので
急いで30mhのアンテナタワーを上げ.無線機器も準備する
ことになり、これらの準備に没頭された7。

アマチュア無線局の工事の詳細はBlog http://ggdx.jugem.jp に載せている。 

書斎の窓からANTタワーが見える。
後方に広がるのどかな田園風景。
アマチュア無線家としては嬉しい光景。

水道工事

20DEC.2010

タンクの高さでは水圧が不足なので
黄色の三菱ポンプを使って水圧を高めます。


手前の井戸から水中ポンプでタンクに貯めてろ過します。


水道は基本的に地下水(6m)を水中ポンプでくみ上げてタンクに貯めます。

公共水道は有りません。

井戸掘り。




家庭菜園あります。

Report-9
30SEP.2010

パーシーを行いました。
新築祝いと僧侶によるお祈りです。



祭壇を飾ります。

豪華に僧侶が5人も!

清めの白糸で関係者を結びます。

翔,龍も真剣な顔つきです。

さらに手首に結んでももらいます。

12AUG.2010

天井を付けました。

装飾柱をベトナム人が作りました。


天井が無いと屋根の熱で暑い!


典型的越南人の顔。


柱だけが豪華に見える。
こういう風式がラオス人は好き。




オーバーハングがいかにもラオス。



ドアーと窓ガラスがついてやっと家らしくなりました。

10APR.2010


やっと家らしく成ってきた?


新しい玄関で通学前にパチリ・・
柱は装飾前で角柱。


床はビニール敷いただけ、壁はまだペンキが塗ってない。
床はビニールシート。
見えている青いタンクは飲み水、配達の180lのタンクで買う。


Report-6

06Mar.2010

ラオスは3月から雨季に入り、夏である。 
家は屋根が上がったので一応雨は凌げるが資金不足で完成半ば・・・
それでもここに住まざるを得ない。

 豪華な(? と、日本人には言われている。)外観からは想像できない鶏小屋扉にトタンの窓・・まー地震のハイチの避難所より少しはましな生活空間である。

 私は毎日現場工事の日々である、が、ラオスで入手できる2級品、Copy部品とかロックの効かないモンキスパナー、パイプレンチなど・使えない工具の為思うように進まずイライラすることばかり・・(高級品と言うものは売れないので探しても無い、タイへ行かざるを得ない。) 

結局やり直し工事になり無駄時間を費やすので肉体的衰えと同時に精神的にも工事の疲れを感じる日々である。

天井板が今の所無い。

2010年4月はラオスは真夏である、気温は40度を越える時がある。
熱い! 次は天井板で屋根からの温度を遮断が目標



Livingの窓?

TVはCable TVが無線で配信なので引っ越してもOK。
受信機が$100、毎月$3 ただしNHKを
見るにはさらに$100必要。


メイド部屋。
窓はトタン。




同様にトタン窓の私の書斎? 後にXW0A・・設置予定。



同じくトタン窓のBed room。
取りあえず死にはしない設備。




雨さえしのげれば・・引越しだ!

 2010年-2月-26日



ラオス国立大学前の仮住まいだった長屋の契約が切れるので、
これを機会に建設中の家に引っ越すことになった。
タイでの仕事は終わったので、建設途中で資金切れ・でもそこはもう

「金ができた分建て、無くなればストップ、金ができたらまた追加工事、
結局数年掛けて完成させていく。」


ラオス方式に転換せざるを得ない。

長屋は角部屋でした。店用に設計されたようでシャッターだった。


これが豪邸?の鶏小屋風玄関扉。


DIY・電気工事担当主席補佐 米塚
ただし240Vから145Vまで低下する。
(定格220V-50Hz)



 2009年12月16日


 126日、ラオス、ドンドックに新築中の家の進捗具合を点検に家族皆で来ました。

やっと、先週屋根が上がりましたので、外観は家らしく外観が整い格好良く成りました。
 作業員、今日はレンガの上にモルタルを塗っています。この8人の作業員は皆妻の実家のあるサムヌア県出身(ラオスの最北の県、VTEからバスで2日掛かる。隣の国越南へは30分で行けるとか・・でも、私はまだ行ったことが無い。)

今回のこの家のモルタル工事代金、全部で$870の契約だとか・・



これが玄関だ。


おおお!!豪邸に見え出してきた・・日本なら車1台分の200万円で建てられる家には
見えないでしょう。やはりこれを見ても日本と比較すると物価と収入は
1/10かな??



出世した村の出身者が仕事の無い村の若者を呼んで仕事/金を与える互助のシステムは
50年前の日本の産業構造と同じでしょう。女として、金持ち日本人(と思われている。)
と結婚したなんてラオス最北端の県の人には出世状態に決まっています。

 このような場合、多くの建設労働者は現場の横に小屋を建てて
住みながら工事を進めます。




この労働構図は現在のタイの私の現在の仕事であるヤクルトの工事現場でも状況は同じです。 労働者は東北地方(イサーン)出身者かラオス、カンボジアからの出稼ぎ労働者です、中には子供を親に預けて夫婦で出稼ぎもあります。 タイの場合は
1800円〜1,500円位の出稼所得です。 ただし若くて美貌の女性で肉体労働が嫌ならば、有名なパッポンとか日本人ご調達のタニヤの飲み屋街への天分を生かした出稼ぎのパターンになります。(私の出身の浜松へ来るブラジル人出稼ぎ労働者も基本的に同じ構図です。)

彼らの住まいは竹で囲んだ小屋、そして家の屋根が掛かれば今度はその家の中に住みながら建設工事を進めます。勿論経費節約の為自炊ですが・・私の家の場合は作業者がサムヌア出の親類の人々ということも有って、妻がご飯と、おかずを毎回もって行きます



家の東はまだ田んぼ、


遊び兼用のお手伝い。
翔と龍の双子。


土地は数年寝かしたから。子供は大きく成った。


基本は日干しレンガ積み工事です。


家の設計図です。


Land is 45m x40m



庭にはトロピカル フルーツが・・

これジャックフルーツです。

トロピカル フルーツの代表マンゴー・・
後ろにバナナの木が見える。


土地を買ったころ 2002年 500坪(45mx40m) 15万円


購入した土地に立つ妻Ing

家の東は完全に田んぼだった。


隣の家

建築を決意した時代の家族。
当時は歴史上で最低の家賃$25/mの長屋に住んでいた。

ラオスの一般的な建築とはどんな物なのでしょうか?
周りの建築中の建物を調べてみました。 
(クリクでどうぞ)