XV2A Saigon Vietnam 1991 Rev:22NOV.2009 13MAY.2006 |
| 初pるろーグ プロローグ 実は、僕はベトナムへ行こうと思って行った訳ではない。 XU8DX運用記でも述べているが、当事米国のアマチュア無線家から交信したい国としてマカオ(XX9)が上げられていた。 僕は香港から無線のVS6DO を運用して、隣の国当マカオから運用していたXX9KA局Peterと親しくなりフェリーボートで渡り、彼のマカオのマンションへ転がり込んでマカオからの運用して無線を楽しんでした。(6m で 1st XX9-KH6 Americaの記録を残す。) そのマカオからアマチュア無線の電波の上で会ったのがカンボジア・ヘンサムリン政権下郵政省の局XU8DXのMs Sokun である。 彼女の交信相手であり日本の親代わりのFOCのMemberJA1NUTに「米塚さん是非プノンペンへ(PNH)行ってアマチュア無線を指導してください。」と頼まれたのである。 さて・・頼まれたは良いが・・問題は・・当事のカンボジアは内戦中・・おまけに国土の80-90%を支配していると言われるヘンサムリン政権(タイのノ本大使館はプノンペン政府と呼んでいた。)は日本を始め西側の国家とタイ政府も「ベトナムの傀儡政権と考えており、これを正式国家と認めていなかった。 (その意味ではJA1UTの警告手紙の主張は正しい・・がそこから免許をもらった正しい政府のNo2のイエンサリが今やPNHで殺人罪で裁判の被告・・何故JA1UTは友人を助けに行かないのであろう。あのJA1AEA。JA1KSO だって殺人教唆で刑務所で服役中のW9WNV に救いの手をさし述べたのに・・ ) そんな国へどうやって行くのか?? いろいろ調べたら、バンコクからは直接行けないが・・ベトナムのサイゴン(SGN)からはPNHへ便がある事が分かった。 (これは、昔の北朝鮮が、北京経由でしか行けないのと同じ理由・) 当事はベトナムもやはりVISAの取り難い国であるが最近観光に収入を目指して開放化された。との情報を得ていた。 実はカリブ海から帰った時、次回の参考にとガイドブックを探したが、そんなガイドブックは当事は全く無いのである。 そこで唯一広告が有った「地球の歩き方、カリブ海編」を注文したら、何と!!まだ、発行されていない・・との本屋の返事?? 確か僕がカリブ海へ行く前の「近日発売」と出ていたのに?? それはもう1年も前なのに・・ と思いダイヤモンド・ビッグ社へ電話したら、「実は書く人、書ける経験がある人が居ないのです・・それで発行できないのです・・エ!米塚さん、カリブの島々を半年も旅行して17の島々を回った!! それでは是非カリブ海編を書いてください。」と、なって、3ヶ月ほど掛けて原稿を書いた・・ そのカリブ編担当者が「地球の歩き方ベトナム編」の担当者であったので、彼から最新の情報を入手して居たので、BKK-からSGNまでは行ける。と私は知っていたのでした。 Ms.Sokun からは「SGN にはカンボジアの領事館があるのでそこへ郵政省から招待状を貴方へ送る、それを受け取りSGNからPNHはベトナムAirが飛んでいるのでそれで来られたし、迎えに行く・」 だった。 「ただしBKKへ行くとタイとカンボジアは国交が無いのでタイからは国際電話はできない、SGN 来たら初めて電話ができる・・」との、いやが上にでも国際の力関係を実感した。 ●そういう訳で当事のカンボジアへ行くにはベトナム経由しかなかったのである。(他に北京、モスクワ経由があるには有ったが・・) そう言う訳で初めての共産主義国家べトナム行きが決まった。 これが真相であった。(当事はまだ、真っ白なSexyな アオザイのベトナム美人の女子大生が宝庫の国などウブな私が知る由も無かった。) アマチュア無線の世界では、ベトナム(XV)は既に日本人アマチュア無線家(JA1UT,JA3UB,:JA2JPA,JJ2BBZ etc)が運用しており私は特別貴重な珍国からの運用とは思わなかった。 そこでJA3UBの依頼(jJA1UT、JA3UBらは自力ではCWでもSSBでも200/hのパイルを裁けない。)でXV2Aを運用した友人のJH3DPB(この時JE3MAS も同行。)へ聞いたら SGNへ行ったらXV2AのBac Aiさんを訪ねれば良い、との事であった。 このXU からの招待状、VISAを待つと言う、当事として必然的行為で1週間滞在を余儀なくされたのが私の初めての共産主義国家べトナム(XV)サイゴンであった。 そして混血のアメラジアン娘 Kimに出会うのだが・・・それはまた後の物語で・・まずはアマチュア無線のXV2Aにお話を・・ 21NONV2009 米塚廣雄 Ayutthayaにて改定版を記す。。 |
![]() 中央郵便局 宗主国フランスの面影が・・ |
| XV2A 1XV2Aはサイゴン(後のホーチミン市)のベトナム国立通信学校(日本の電波工専?)に設置された アマチュア無線クラブ局である、当時の校長が今のXV2A Bac aIさんである。 写真は1991年当時のXV2Aとサイゴンである。急激な発展を遂げるベトナム・サイゴンの昔を垣間見る写真が多い。 |
![]() 学校入り口。 ![]() 英語科部増築中 自転車通学90% |
実はもう通信学校だけでは経営は成り立たず、英語学科も併設していた。 資本主義化して、外国投資を望む政府、外国会社で高収入を願う国民。 その銭を求める・白いネコになりたいドイモイの流れは止められない・・ しかし、ベトナムの驚くことに関して生徒の70-80%は女性なのである。 ここでも女系家族、財産は女から女へ・・離婚は女から言い出す。 ベトナムの女系家族の現実を垣間見ることができる。 |
当事のXV2AのRig ![]() |
| XXV2AをoPするのは通信学校の先生、ストレートキーを使用する。 パイルでのcallの取りかたを指導するHiroo先生。 右のTrang先生は10年ぶりに再会した彼は何と工学博士になっていた。 |
XV2AshackのDoor ![]() |
| ドアーにはXV2Aのプレートが。 技術部屋各種通信、実験、測定機器。 |
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| 学校の先生Traungさのさんの家での夕食。 その後の彼の家への訪問は赤ちゃんの為にBKKでミルクを買って行った、その赤ちの娘は彼女はもう16歳?(その後再会しましたた、彼女が2-3回家に来たのを覚えていてくれた、何故かそれだけで嬉しい。) 自然に写った部屋を見るだけで当時のベトナム人の公務員の生活レベルが分かる、当然個人でアマチュア無線なんか開局できるレベルではない。 彼の給料は当事は$11/m 2009年d年demo'$100前後では? |
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| 学校に併設されていた、電話会社に受付 クイー/Quyちゃん、 カワユイ・・’ 榊原郁恵を細く若くした様な明るさと清楚さがあった・・ サックスブルーの民族衣装・アオザイが僕には眩しい。 ベトナム、コスタリカが美人大国だと実感した。 |
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| XV2A のcallを借りて(昔JAでも有った、学校のCallを借りた 免許が下りない個人局・・と同じパターン) ホテルから運用のJR1TAG 久本氏。WW2では日本軍通信兵として ベトナムへ従軍した経験があり、それが彼をベトナムへ向かわせた。 http://www014.upp.so-net.ne.jp/ja2ol/4630khz-sub007.html |