JA2EZD Wandering World Tour
(復活版 JUL .2007:原版 CQ Ham rdio1989年7月号〜)

REV:15MAR.2012

連載 I

オジさんたちのカリブ海

 FM


正しいパイルの仕方・カリブ編
                                                                                      
            


 
 マルティニーク/FM




マルティニーク(Martinique)はカリブ海に浮かぶ西インド諸島のなかのウィンドワード諸島に属する一島。 ...
「世界で最も美しい場所」とコロンブスに呼ばしめ、彼を魅了したのはマルティニーク島。



さて、ここで私を呼んでいただくJA(日本)の皆様にお願いがあります。既に本誌に「正しいパイルの仕方」などの開設がOMによって発表されていますが私自身がカリブ海でJAのパイルを受けて感じることをここで述べさせて頂きます。

 ★おせっかいNOTE.
 パイル・アップ:珍しい局に大勢の局が群がって呼ぶこと、カリブ海の局は日本にとっては全てが珍局になるので必然的にパイルアップになる。


 JAは世界一マナー良いと近頃もてはやされていますが、私は少し疑問があります。確かにDX局の命令に対するお行儀は良いのですが、それはJA同士の相互監視の結果とか、単に相手の言う英語が分からないからとりあえずおとなしくしている様に思われる事があります。

 では何が問題か?と具体的に上げれば以下のことが指摘できます。これはSSBの例ですが、JA局へ一般的に言えることはタダ一言「遅い!」のです。

1」 発声がなが〜い。

2」 無駄な繰り返しが多い。


この2点に尽きます。 これはWWコンテストのログを見ると分かるように、W局(米国)相手だと
1分間に6局は確実にQSO出来ます、これがJA相手だと4局ペースに落ちます。
 もちろんカリブにおける相互の信号の強さの違いは有るので単純には比較できませんが(しかし立場が違うサイパン島/KH0)でも同じ様なものだった。)

 この原因はまず1」にあります。 JA独特のあの
Japa〜〜n  Americ〜〜a T〜wo Ec〜〜ho Zib〜〜ura Denma〜〜rk。とやたらに1文字、1文字の発音が長いのです。そしてしつこくこれを数回繰り返します。ですかどうしても1局拾うのに時間が掛かってしまいます。

 これがWの場合だと、「W6 Delta.Mike」の様に必要なところを端的に短く発音します。それも散発的に繰り返します。 この時間の差はコンテストとか短いオープンの時に全体として大きな差になって現れます。

 また運用の応用が下手です。コンテストQSOと普通のQSO を使い分けられないのです。
 その一例は、DX局がJAを相手にしているときは(私の場合は殆どがこれですが)こちらへ必要な情報はサフックスだけで良く(プリフィックスのJAは既に分かっている。)自分の信号を取ってもらったのなら後はレポートとプリフィックスの確認だけで良いのです。 その方が全体としてQSOに必要な時間は短くて済むと思います。・・読者の皆さんはいかがでしょうか?

この2」の例ですが:

DX: 「IRT 59」

と呼んだら

IRT「59 JA1」

と返ってくるのが理想的です。 実際W は強い局ほど簡素で洗練されています。(本当にこんな局に会うと敵ながらカッコイイとおもってしまう。)

 ところが概してJAはの多くは既にこちらがサフィックスを取っているにもかかわらず、しつっこくあの長〜いフォネティックスを繰りかえすのです。 これほど無駄なことはありません。私が必要なのはもはやプリフィックスだけで、貴方がJG1かJA1か知りたいのです。
それほど私がコピーした貴方のサフィクスが信用置けないのでしょうか?
 もしかするとせっかくとってもらった自分のコールサインだから皆がパイルで聞いているところで、パイルをぶち抜いた勝ち名乗りに自分のコール一生懸命宣伝しておかなくては・・との意図でも有るのかしら? と思わず勘ぐってしまいます。

 CWで私が希望するQSOの例を挙げれば:
「JE2YRD 599」
私が打ってきて、それが自分のコールと合っていれば
「R 569 TU」
で、十分です。 ここで親切過剰に
「DE JE2YRD JE2YRD UR 569 569 TU]
とコールを入れて打たれると、あれー間違って取ったのかな?」とDEの後のコールに聞き耳を立てることになります。この繰り返しを2時間以上やると、いつも弱くて、パイルに成っているJAの信号を相手にしている私は疲れてしまうのです。

Rと打たれれば、後は聞き流すからずいぶん楽なのです。
 
 以上がカリブ海からJAとQSOして私が思うことです。これに関して皆様のご意見、ご指導をお待ちします。


首都のフォート・デ・フランセ
まさしくフランスの一部(海外県)都会である。高速道路もある。
何とフェラーリ512BB が走っていた。

雲に隠れているのがペレー火山。1902年爆発して町を灰で埋めつくした。




植民地時代の面影が残る建物。道が狭くいつも渋滞



フォート・デ・フランセの港。
高速フェリーで各島へいく事ができる.
貴方は私に成れるけど、私は貴方になれやしない。
  パイルになる前に私を見つけた人は、ちょっと前までは考えもしなかったカリブ海の局とラグチューを楽しんだこだと思います。でも、それはUHF−FMネットで仕入れたニュースでは無く、貴方が自分でワッチした賜物なのです。

そんなときよく言われるのが「いあやーうらやましい生活ですな〜。」のお言葉です。
 でも端的に言えば「カリブは銭さえあれば誰でも来れるのです。」
  アジア、アフリカの様にお土産持参で政府高官と親しくなって「特別免許」をもらう、なんて技法は要りません。

 私は幸か不幸かこの年で一人身なのです。自分の生活設計を自分の意思で決めることが出来ます。

 自分の人生の中にアマチュア無線の占める比重が大きければ試しにそれにドップリ浸かってみれば良いのです。
 もし、それに文句を言うようなXYL(妻)だったら三行半を突きつけて自由の身になれば良いのです。 でも、貴方を本当に愛しているXYLなら貴方の人生の憧れの目的にきっと理解を示してくれるはずです。

 ただ、長期休暇制度が無い日本では「長期休暇願い」を出すと、上長が親切にも「退職願い」と書き換えてくれるのが現実です。でも、それはその時、逆に自分の能力と自分が会社からみてどの位必要な人間であったかを貴方自身でリトマス試験紙の様に嘗めることが出来るのです。 

 私の年代なら既に課長、部長の地位の人も居られるでしょう、私がここカリブ海から戻って直ぐにそのような地位に着くことは出来ません、また私は無線に理解のあるXYLや成長が楽しみな子供がいる家庭を持っていません。
 でも貴方がその気になれば明日にでもカリブ海へ来て私に成れるのです。 
 費用は私がそうした様に通勤に使う車を売れば日本から飛んで来ても中級ホテルで1ヶ月は十分にQRVできるでしょう。

 会社の地位も失いたくない、家も欲しい、家族も大事にしたい、オーナーロールにもなりたい、そして挙句の果てに「カリブ海へ行きたい。」なんて、私から言わせれば贅沢三昧です、それは日本ではお金持ちだけに許された特権で庶民には無理なのです。

 貴方がカリブ旅行など出来ないと思っているのは、結局は今の生活を続ける方が総合的に良いと判断したから他の道を選ばないだけなのです。それは取りも直さずあなた自身の責任で貴方が決めた事なのです。

FM のDXer達。
FM5BH,FM5DN、FM5ES、FM5EB 、FM5CD。













 FM5BH, (Eye ball QSOで紹介)  FM5CD
2008-2009年のかけて160mでも彼らの信号をJAで聞くことができた。


 


ナポレンとマルティニーク



あのナポレオンの妻であるジョセフィーヌ

はここマルティヌーク島のプランテーションの娘であった。
彼女は18歳でパリのナポレオの元へ嫁入りする。
彼女の子供はその後の欧州の貴族となりその血筋は
今でも欧州で輝く華麗なる血筋である。

下の写真は彼女の生家である。




首都の真ん中に彼女の名前が付いたジョセフィーヌ公園があり3m位の彼女の像がたっていた。
が、私の行った2002年の時は首から上が破壊され赤いペンキが掛けれられていた。

当時のプランテーションは言わば奴隷農場である。(私は中学校では大規模農場と習ったが。)
本国のピンハネに悩む島の人々は彼女がパリの皇帝の基へ嫁に行くことでこの島が状況が
好転する事を願った、が所詮は体制側のトップの妻である。 彼女は島の住民のことなど
思うことは無かった。

「その恨みが今も子孫に残っているから彼女の像が破壊されたのさ・」
と、その公園のベンチで休んでいる時に地元の人が説明してくれた。



なお日本で有名な小泉八雲(ハーン)はニュヨ−クの新聞記者時代、
特派員としてこの島で暮らしている(現地妻もいた。)

異文化研究に目覚めた彼は米国に戻りその後日本へ渡り日本人として
異国の地で骨を埋めう事になった。






     マルティニークの一人旅
/FM



 珊瑚礁を散りばめたカリブ海をかすめてTWAのボーイング747はマルティニーク/FMのフォート・デ・フランセ空港に着陸した。

 旅客機から吐き出される乗客はその大半がアメリカ人で99.9%がカップルだった。 若者にしろ老人にしろこの島を訪れる者は必ずカップルだった。 マルティニークは男と一人で、女一人で来るべきところでは無い、しかし私はその0.1%の客として空港に降り立ったのだった。
 
が、空港から出られない・・税関で止められてしまったのだ。 私の無線機に税金を掛けると言うのだ。「自己使用で販売目的では無い。」と説明してもとりあわない、その内に迎えに来てくれた地元のアマチュア無線家であるFM4EB、FM5WDが税関まで来てくれて交渉するが時間だけが過ぎて行く。

 結局持ち込み品のリストと「転売はしません持ち帰ります。」との誓約書を書いてやっと開放される。この間約1時間30分、 自分は既にセントマーティン/FS、グアダルーペ/FGを通過してきた、ここは同じフランスの海外県でなないか?」と言ってもダメであった。 各島にそれぞれ自治権が有るのだろうか?それとも税関の裁量権の問題だろうか? もっともDXCCでのカントリーが違うのだから、その意味からすれば島ごと扱いが違う、とのリスクは仕方が無いことかも知れない。

 FM4EB のドミニクとはセントマーチンからアマチュア無線で交信して知り合っただけなのだが、FGのホテルの手配をしてもらったりしたが今回は彼の家に泊めてもらうことになったのだ。

 しかし、正直これは助かった、あのFS,FGとフィルドデー
の様な車からの運用スタイルは私の体にかなりの疲労の蓄積を与えた。 肩が鉛を担いだように重く背中も痛い、体全体がギシギシ言って鈍く動く感じだ。

多分FGはレアー(珍しい国)なのでJA向けに頑張ろうとやったことが体には負担に成っていることは確かだ。

 しかしこの時の気持ちはFMへ行けば今度は人の家例え倒れても何とか成るだろう・・それに炎天下でのあのアンテナ上げ作業もないし、眠い目をこすって人気の無い寂しい山へもう通わなくて良いのだ、と自分の体へ言い聞かせていた。




 Kへ続く