「JA2EZD Wandering Worl Tourオジさんたちのカリブ海」の
復活版を試みてみました。

REV: 15Mar.2012
 最近のアマチュア無線家はインドシナのEZDと思い、昔の人はカリブ海のEZD・・ある人は連戦連勝のコンテスト局JE2YRDのEZD・・・と思っている様です。 でも、私の歴史を見ればその全ての面が正解なのです。
  先日、ホームページをトップページを3分割にre-makeしたのをきっかけに、そのカリブの時代を知らない人の為に、小林旭ではないが(古る〜い!) 「昔の名前でカリブ海から出ていました。」と、手持ち資料の中からJA-CQ誌1989年7月号から1年間掲載された「JA2EZD Wandering Worl Tour
オジさんたちのカリブ海」の復活版を試みてみました。

これが後に続く「カリブを流れて」の原型です。 

 当時のCQ誌上では2色カラーの写真付でしたが、部屋には雑誌に使われたのと同じ写真がありませんが、カリブ海物語りにマッチした写真をhpの特性を生かし、カリビアン・ブルーを皆様に堪能していただくためにカラーで新たに入れてみました。 

今後順次CQ誌ー連載11回分を復活していきます、なお一般人が読んでも分かるように(注釈)と● 解説:を入れました。
そして、復帰版終了後、CQ誌では紹介できなかった島、その後のカリブ海、カリブのアマチュア無線家を 続・オジさんたちのカリブ海」として近日中に登場させる予定です。どうぞご期待ください。 

なお 内容についての質問、アドバイス、名誉毀損等のイチャモンは随時受け付けています。

26JUL. 2007

米塚廣雄

カリブを流れて 


JA2EZD Wandering World Tour.

オジさんたちのカリブ海

復活版 JUL .2007:原版 CQ Ham rdio1989年7月号〜)

オジさんたちのカリブ海


JA-W-FS 

連載 @ 

やっぱりカリブは遠かった・・


 まだ冬の寒さを残している春3月、その澄みきった夜空の彼方から、あの北極回りの独特のフラッターを伴って聞こえてくるのは夢のカリブ海!

しかし、信号はあくまでもひ弱で、コンデション(無線の聞こえ具合)という名の女神が微笑まない限り決して聞くことができない気紛れ者なのです。そして地図で見ても遠〜い遠い彼方にある未知の国カリブ! 

そんな最初の出会いの印象が強かったので、外国旅行なんて夢のまた夢である片田舎の無線少年には身近な国で無いだけに心の中の幻想的な国として一生思い続ける対象となっていったのです。

その昔、発展途上国、無線二流国であった日本、
当時誰もがそうした様に、お金の無い日本には最適な
竹と銅線でできる高性能のアンテナのキュビカル・クワッド
(無線アンテナの1種)を作って、やっとカリブの
アンギュラ島(VP2E)と交信できた人も多いことでしょう。

 そんなラジオ少年の一人がオジさんになっても、やはり
憧れ続けるのはカリブ海・・・どんなにDX(遠距離無線通信)
としての価値が上がろうとベトナムやラオスではダメなのです。
やはりオジさん達には夢はあくまでカリブ海! これでなくては
いけないのです。 そう、だれでも初恋の人は忘れないのと
同じ様に、あの学校の帰りの街角で、憧れの長い髪の少女
に何とか話しかけられないか? と待ち伏せたように「いつか
は夢のカリブへ!」これしか無いのです。
 勿論私がそんなオジさんの一人であることは言うまでもあり
ません。





        美しすぎる港町セント・マーチン(サンマルタン)/FSの
       フランス領土(海外県)の首都マリゴ。
       欧州、北欧からのヨットが多く停泊していた。 



アメリカ、そしてカリブへ


 物事を始めるには必ず何かのきっかけがあり、そして行動の
基になる潜在意識が存在します。私の場合不幸なことですが、
仕事上自己能力の限界を感じたので、会社をたたみ別の環境
に飛び込んで、自分を新しい価値観の世界に置いてみたかった 
のです。

 私は少年のころの憧れをこの歳になった今でも持ち続ける、ある 
意味では大人になれない人間なのです。 でもハムの皆さんなら
一度は思ったことがあるでしょう。「交信した人を訪ねて世界中を
回ってみたい!」ってね。

                               
                    

 そんな思いをもって1988年4月、日本を離れました。まずはアメリカ
西海岸のコンテスト局を訪ねメキシコ(XE)にも行ってからVisaliaの
DXコンベンションへ、そしてNYCへ飛んでからN2AA(アマチュア無線
のコールサインおおよそ人名と一緒)のクルーと車で
Dayton Hamventionへ戻り、その後Seatlle,Canada(VE)、Chicagoと
周り再びNYCへ戻りカリブへ飛び立つことになったのです。

●Convention:会議だが無線会ではハムの会合、祭典の事。                                              


免許も情報もな〜い。

 少し前に、JARL(日本アマチュア無線連盟)の努力で日本とフランスとの   
間で「相互運用協定」が結ばれたとの事、それならアメリカ人あたりが
あまり行かない仏領カリブ海から出ようと決めて、2月に免許の申請をしたのですが、3月になってもなかなか免許が届きません。 

そんな折1通の手紙がフランスから来ました。英語でさえ
苦労しているので当然仏語などサッパリ分からない私は東京へ米国留学ビザを申請する途中、仏大使館に寄ってF2CW/Jackyに訳してもらうと、「日本国からそんな離れた所へ行って無線をやるとは一体お前は何者
なのか? 当方にて国家警察へ身元を照会するのでしばし待たれよ!」
との、事。 大ショック!?「エッツ! こんなに厳しいの? 来週には日本
出発なのに、これじゃー間に合わないよ〜。」思わず泣きが入ってしまい
ました。

 私は相互運用協定はの免許はW(米国)の様に申請すれば無条件で発給
されると思っていたので慌ててしまいました。
仏人が仏国で申請しても同様なチェックがあるとの事、またWが申請しても
同様でサンフランシスコで会ったあのW6OAT でさえも、「どうもフランスは
免許を発行したがらないみたいだ、自分場合も6ヶ月掛かった。」と言ってい

 それで、と、Jackyに大使館勤務の特徴を最大限に生かしてもらって、
直接仏本国の電監へ電話し私の身分を保証し、直ぐに発給してくれるように
頼んでもらいましたが、それでも受け取りが日本出発までには間に合わず、
しかたなくその後彼と再会を約束したW6のVisaliaのDX Conventionの会場
で彼から手渡してもらい、やっと運用許可書を手にしたのです。 免許証
だけは早くもF-JA-W-FS(センとマーチン)と駆け巡り始めたのです。


 とにかく免許がきた、これで一安心とおもいきや、実は問題はまだあった
のです。目的としているカリブ海のFS(セント・マーチン)FG(グアダルーペ)、
FM(マルティニーク)島までの具体的なフライト、現地のホテル等の情報がない。
実際のアマチュア無線の運用場所が決定できなかったのです。

 これはJA(日本)でも同じで、大手の旅行代理店へ行って「安くてロケーション
が良くて無線をやらせてくれる宿は有りませんかね?ただし行き先はカリブ海
何ですけど・・」こんなことを聞いて、待ってましたとばかりニッコリ笑った受け
付けのYL(女性)が「いあやー貴方はなんと運の良い人だ、ちょうどオープン
したばかりのコテージがマルティンークの丘の上に有りますよ。しかもお値段は
タッタの$35!」なんて美味しい話は絶対に有りませんでした。

 W(米国)に行けまでカリブ海行きまで1ヶ月もあるのだから、何とかなるだろう
と甘く考えていたですが、米国でも事情は日本と同じです。
 通常の旅行代理店では中々カリブの細かなことまで分かりません。 ただ
アメリカの航空会社のカリブ海パックツアーが数多くあることでこれに付随した
ホテルがあることが分かりました。が、肝心なそのホテルで無線をやるための
アンテナを上げさせてくれるかどうかまではわかりません。 このことを詳しく聞こう
とするとアメリカ人得意のパターン「知っている事意外は全部知らない。」と、ばかり
「I don't know]の一言で終わり、決してそれ以上調べようとはしません。


 教訓1: 気をつけよう甘い考え事故の元。


●外国では、結婚、労働、無線の免許を取得するのに「無犯罪証明書」を要求
することがある、当然前科者は免許が貰えない。離婚回数も多いと結婚許可も
降りない? 最近ではAIDS検査も義務付けるところも多い。


ウ〜ン 流石はアメリか・・


 結局いろいろ当たった結果は、「Daytonへ行けばカリブ
へ行った連中も来るしカリブの国そのものからも参加が
あるから彼らに聞くのが一番早い、」とのハムの
アドバイスがやはり的を得ているようです。

 Dayton Hamvention(世界最大のハムの祭典。イリノイ州デイトン市で毎年
開かれる。)のホテルでは各部屋のドアーごとにDXer(外国通信愛好者)が各人
のQSLカード(ハムの交信記念証、絵入りの名刺の様なもの)を張っています。 今回は私は史上最強の西海岸局W7RM/Rushと同じ部屋でした。 でも彼と同じ様に「WH0/JA2EZD}のQSLカード(サイパン島から運用した時のカード、米国からは珍しい島)だけが2回とも消えてしまいました。もしかするとここWでも白紙のQSLでDXCCを狙っている人がいるかもしれませんね。

 そんなわけで私もいろいろドアーを見て周りましたが,カードを見ただけで20カントリー(国)位あってなかなか楽しい物でした。そして最後にやっと見つけたのが待望のFG/W2JB/FSというヘンテコナQSLカード
ヤッター、急いでドアーをノックしたのは言うまでもありません。

                                       
              
 彼らはNJDXC(Northen New Jeasey DX Club)として団体できており、この部屋には
あの14Mhz(アマチュア無線の運用周波数)のカリブ供給株式会社の社長として有名な
W2MIG、Edも来ており、彼からもカリブの情報をもらう事ができた。

 この時W2JBが自分たちの使用したレンタルハウスを紹介してくれた。また移動用に
改造したTA-33jr(アンテナの型番)も貸してくれました。ただしアンテナはクラブの持ち物
、だとの事でしっかり借用書は書かされました。・・・(ふーんこれがアメリカの契約社会か?) 

 この時期に及んでやっと行き場所も決まりFSから電波も出せるメドが着いたのです。
4日後にはカリブ海へ飛び立つというギリギリの時にです。

やっぱりカリブ海は何もかも遠いのでした。


マリゴから隣の英国領アンギラ・VP2Eへ向かうフェリーボート。


第2回へ続く・・