JA2EZD/JE2YRD Hill top station

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UP Date 03Dec.2009



QSL card。 20万枚は発行した。





       

 初めに・・

ノイズのTVIの無いところで思い切り無線をやってみたい。

アマチュア無線家なら誰もが一度は思うことだろう。 僕はWのBig Stationを
何局も訪問していたので特に「いつかは自分も・・」・ずっと夢みていた。

 その夢を実現させるべき週末はFBなロケーション求めて車で探しまくった。
荒れた農地、浜名湖養鰻池、廃業のみかん畑、高原の分譲地などであった。

2年間探して見つけたところは浜松市の北部の引佐町にあった。そこは浜名湖
を見下ろす400mhの山の上、実は静岡県由比町農協のミカン畑の廃墟の後
だった。ここにした決め手はミカン消毒液混合用途の揚水ポンプ用に200Vの
電源が来ていた事だった。 この電力が生きていることを中部電力に確認した。
 
 法務局で地主を探し出し訪問「アマチュア無線のコンテストで日本一イヤ世界一
に成りたいのですぜひ貴方の山を貸して下さい。」・・相手は僕の目を見て「やって
みれば良いじゃん・・金を取ると権利が生じるから・・タダで良いよ。」
 
山全体の面積は6.9万坪あった。使える頂上は3.000坪程であった。オマケに
家から30分で行ける距離は魅力であった。

こうして「お山の大将」計画はスタートした。それは1/4世紀も前の1982年夏の
ことであった。


FBロケーションを求めて実験検証移動中
浜松市近辺では、6mでJA1に開けている方向はWにも開けている。

これは周知郡秋葉山移動の様子、崖の淵設置でタワー効果を狙っている。

引佐郡(現在は浜松市)富幕南山(400mh)に決定。

まずは草刈から・・下に見えるのは引佐町。 方向はW、カリブ JA1
写真からもロケーションのよさが分かるだろう・・

活躍した4WD(JA2JPY提供) 同軸ドラム、ミカン消毒用水道タンクが見える。
shackとしてコンテナを利用、神戸から購入 (40万円)
業者もその用途にビックリ、「宣伝に使わせてもらいます。」・・と

内装はアマチュア無線家 Hamakita Club の協力、
プロのJA2KIY(右) 左は父

ポーズを取るのは大工見習いの? JA2SGX。  

内部はジュラルミン+断熱材+化粧ベニア 3重構造。

父、右/JA2EZD 髪の長さが時代を反映 1982年

工事にはアマチュア無線家の高校生を5,000円でバイト動員した。
電力線引き込み。 200V 60A

コンテナシャック完成


電点灯、床にカーペット1983 4月









ANT ANT・・ANT
中古パンザを名古屋から10本まとめて購入。 
アース銅版を埋める。 
穴掘り父さんありがとう。
パンザマストはWire Beam を計画した。
Set up 21M-6el+50M-6el 
30mh Tower for 7Mhz 2el の基礎、 JE2IOI
ほぼ完成したANT群1983年5月
パンザマストの尾根からのショット、方向はEU 。
QSL cardに使ったショット。
7M-2el and Mt.Fuji (1,000mm Zoom) 雪景色 11月。
朝焼けの富士
7Mhz 4el Telrex
30mhのTowerから見るとこうなる。 W方向は崖にANTが建って
いるのでtower効果が期待できるのがわかる。





Cover of The magazine.Mobil Ham JUN/1983.

Shack
1982 DEC
1984 Guest JE1CKA/JI2NEM。

性能比較の為のCollins,Dorake, Kenwood, Yaesuが見える。
何故かIcom が無い。
1996
1997
2001
2002 ARRL Asia No1 の楯は12枚に。








 誤解 (コンテスト局を目指した訳ではなかったのだが・・)


 多くの人がJA2EZDはコンテス局/JE2YRDを作ったと思っている人が多い。
実はそれは順序が逆である。
 
最初に述べた様にWで見たように、思い切り無線を楽しむためには街中では無理だ、自分もノイズを受けるし、TVIも発生させる事になる。 また外観上の問題もあり大きなANTも上げられない。 すると必然的に郊外へ行く事になる。

浜松市は海も河も山も近くにある、水辺は電波は良く飛ぶ・事は知られている。 そこで浜名湖の養鰻池の休耕池も探した。 それとも下界を見下ろす山のシャックも魅力であるがアースが悪いとの欠点がある。 それぞれの候補地を見つけたが・・果たして、どちらが飛ぶのだろう?? 

 そこでCQ誌などで海外の局を紹介していたJE1CKA/熊谷氏へ、相談した。
「海辺、山 比較した場合、実際どちらが飛ぶのでしょうか?」 「何故そんな事を聞くのですか?」「いやーそう言う局を計画しているものですから・・」 それが彼と接触した初めである。


JE1CKA・・その結果山のQTHでコンテストをすべき
JI2NEMの免許を降ろす。



 結局既に電気が来ている、それも200V、そして土地代金がタダ、富士山が見えて景色が良い、民家まで3km ノイズ無し、との事で引佐の山に決定した。

 その後、半年ほどでshackは完成した。 そして完成後お礼の報告をJE1CKAへしたのですが・・どうもこの時の話が変形して彼から他のハムへ伝わってしまった様である。

 JE1CKAはCQ誌コンテス欄のedであった。 彼の仲間は当然コンテスターが多いのだがその仲間へ「JA2にすごいコンテス局が出来た。」との話でQSPされたようだ。・・その時点ではコンテスの予定は無かったのである。

 当時大学局を除けば、個人でこのような設備のshackを持っている人はおらず、イヤそれを実行する様な個人が居なかった時代である。

 またJA1などでは腕に自信はあるが自宅に設備が無い、また大学クラブ局にもコネが無い・・との人が「山でコンテスをやらせて下さい。」との依頼が来る様になった。

 安易に考える事ができる「金を出しあって作るクラブ局」の運営は皆の思いが一致しないので非常に難しい。実際途中で空中分解した例を多く見てきた。

この点Wはオーナー非常に金持ちで彼が全ての設備の金を出し、OPはOP専用で雇われ?(スカウトされて。)てコンテストをしているのが実情だった。

 この希望に応える為に急いで自分の会社にあった株クリエーション ハムクラブJE2YRDを改名して山へ設置場所を変更して開局したのであった。

 名前を「山の上ハムクラブ」としたのは、以前JA8BMKを訪問して見せてもらった、JA8/旭川のクラブ局が「丘の上ハムクラブ」だったので、こちらは丘よりもうもう少し高いところだぞ・・の意味を込めて「山の上ハムクラブ」となったのであった。

 完成後、JA6FCGへ写真を送ったら、それがNKDXCの会報に載り、それを見たモービルハムから電話があり、ぜひ取材させて下さい、となり金刺記者の取材の結果表紙に成ったのがMH.1983年6月号である。



MHの金刺記者。



発売前の表紙手に・・JA2EZD MH編集部にて。











Guest お客さん。
JE1CKA/JI2NEMで山で500W局開局。
手前より JA2IVK、JE1JKL、JA2MGE この写真をみたN6AA/9Y4VTが
「Oh・・! JAはコンテスト中にビールを飲むのか?」と言われてしまった。
あの、コンテストの神様に・・

1984
JA7RHJ(中央)1987.
(後に私がVP2EZD時代、PJ7へWWに来る。)
左より JA2EZD,JE1JKL,K8HVT TS830の時代・・
(K8HVTは私がNJ時代に再開。)
JI2KVW(右 OP中 現在もJAで活躍中。) ARRL-CW Asia No1.

左より JA2EZD,
JH4NMT(5U7M)、JF2EOC 両者とも59コンテスト欄担当。

K3EST WW Contestの委員長。 2度JE2YRDを訪問。

JH1XYR,JA1OYY TI2VVR/TI9VVR(Victor)
VictorとはTI で再開。
4X6TT Amir。
W7PHO Bill
最初のW旅行で訪問、5回は彼の家を訪ねた。
宿敵 JH7YJF 敵情視察班ご一行.
MSとして優勝を争った局。
左よりJA1KFX,(59コンテスト欄担当)JA2IVK,JA2PHO,
JE1JKL,JF2EOC,JR2SQU,JR2SCJ,JA2EZD。






CQ Ham Radio誌で紹介される。










CQ Ham Radio コンテス欄で紹介される。


















JH4NMT/5U7M(front)


JF2EOC,K3EST







exJA2EZD 1987